Jin on web

言 葉 ノ カ ケ ラ


Jin
 
 
 
 
 
† ことば遊び
 
秋深し となりの柿は 客食う柿だ

           秋深き隣は何をする人ぞ ――芭蕉
 
 

† ことば遊び
 
かぁかぁカラス カラスが鳴ぁく
わぁわぁワラス ワラスが笑う
 
 

† ことば遊び
 
石段に 柿食う恵子 すわってる
 
 


 
鳴きもせぬ うぐいす柿をついばみぬ
 
 

† 背い高
 
泡立ち草 そんなに高くならんでも
 
 


 
背い高も低きも黄いろ泡立ち草
 
 


 
夕焼けにカラスが三羽まるで絵だ
 
 

† ことば遊び
 
シャリシャリと米とぐ秋の夜が更ける
 
 


 
手がたなで寒切る早朝ウォーキング
 
 

† ことば遊び
 
デパートでパート デパートでパーッと金つかう
 
 

† 早口ことば
 
誰の駄じゃれじゃ誰の駄じゃれじゃ!
 
 

† アボガドだ
 
この歳になってアボガドの
刺身を食おうとはアボガドだ
刺身はうまいアボガドを
ワサビジョーユでアボガドだ
関係ないけど歳なんて
ワサビジョーユでアボガドだ
人間なんでも生きてると
いろんなことにアボガドだ
 
 


 
柿の実を食べ尽くすころ冬が来る
 
 


 
木守柿 見上げる朝の寒さかな
 
 


 
凩を蹴り蹴り蹴り蹴り駆け回る
 
 


 
寒の入り鴨一列に川真中
 
 

† ふるさと
 
正月は松こで待って さっと過ぎ
 
 


 
間の抜けたころに賀状の古き友
 
 


 
川風と初日が頬にあたってる
 
 


 
年越えて変哲もなき夜更けかな
 
 


 
大晦日 なにはともあれ生きている
 
 


 
黙々と雪ふりつもる毛蟹食う
 
 


 
ふるさとの毛蟹のみその深さかな
 
 


 
抱きとめる 五月の髪が匂いたつ
 
 

† 臼木山
 
片栗の花のふるえや沖の風
 
 


 
植え替えも根づきし朝の穀雨かな  2006.4.20
 
 


 
踏みわけて道となる野の桜かな
 
 

† カラスの巣
 
旧八幡通りの旧八分団の
火の見櫓のてっぺんの
半鐘 円(まる)屋根 針金の
巣づくりしたのはカラスです
八幡山から引っ越して
町のカラスになったのに
見上げてみればいつも留守
カラスのカン公
モダンな住まい
かあかあカラス
からからカラ巣
 
 


 
つぃーっと来て つぃーっと消えてく赤とんぼ
 
 


 
寝入ったままに死んだ友あり 赤とんぼ
 
 


 
赤とんぼ 指のさきにもすすきにも
 
 


 
行き暮れて 風に吹かれしすすきかな
 
 


 
ゆきくれて ぱちんとはじけた しゃぼんだま
 
 

† あ~る日突然
 
禿~げた禿げた 驚いた
これはいわゆる円形脱毛
坊主だ坊主だ坊主にしたぞ
バリカンばりばり6ミリ長の丸坊主
目立たないかと思いきや
やっぱり目立つぞ円形ハゲだ
ハハハこれはどうにもおかしいや
 
 


 
廃屋に届いた手紙
人知れず眠る郵便受け
来るはずのないポストマン
 
 


 
ひとの死が降りつもる
なんども続くと根雪になる
足をとられて立ちすくむ
とにかくひとつ溜め息をつく
 
 


 
おれはもう
死んでるんじゃないかと
ふと思う
冷たい夜の
ひとりの目覚め
 
 

† 末広町
 
かあさんさがして町へ出た
家に帰るといなかった
買いもの行ったかあさんを
さがして町をさまよった
もう会えないとべそかくと
よそよそしくも町は
たそがれた
 
 

† 常安寺の坂
 
常安寺の坂(さが)ぁ
登ってきたがえ
久しぶりだったぁ
何十年ぶりだべが
歩ぐにはきづう坂だった
 
その坂をす
車がいっぺぇ
登ったり下りだりしでだったぁ
夏だっけぇ墓参りだべがど思って
焼ぎ場にいだ人に聞いでみだっけば
いやぁ 抜げ道だがす 佐原のほうへ――
って言ってだったぁ
むがすは土のでこぼこ道で
まわりは木ど草べぇりで
ひっそりしてだったもんだぁが
ほに変わったがねんす――
 
常安寺の坂ぁ
きづがった
汗ぬぐって真っ青な空
あおいで見だっけば
煙(けむ)っこが上がってだった
焼ぎ場の煙突から
もぐもぐ もぐもぐど
煙っこが上がってだった
 
 

† 2004.7.27
 
さるすべり父のよすがの木となりぬ
 
 

† 呪文
 
コトバヒトツデ明ルクナレル コトバヒトツデ明ルクナレル……
 
 


 
公園の片隅で
白猫に会った
うずくまり
近づくと身がまえた
目を合わせていると
警戒を解いたからだから
緊張が抜けてゆく
優しい目をしてる
牝にちがいない……
にゃ~ぉ
呼びかけてみた
戸惑ったそぶり
返事はない
猫――けもの偏に苗
みょうと鳴くけもの
だけど鳴かなかった
けものは化物(けもの)か
だれかの化身
おれも猫になる
 
 


 
うずくまっていよう
傷を舐めていよう
血の味に酔っていよう
しばらくのあいだだ
じきに飽きるさ
 
 


 
はかない人の命が
どうして永く苦しいのだろう
はかない人の苦しみが
どうして底なしに深いのだろう
 
 


 
愛し 愛され
去り 去られ
愛し 愛され
時は過ぎ……
 
 


 
来るものは拒めるが 去るものは追えない
 
 


 
ぐちでいい
弱音でいい
だれに聞かせるわけじゃない
溜め息のようなことばさ
 
 


 
擦りきれちまった
錆びついちまった
ガタガタだよ
さあ だれか
油をさしてくれ
さあ だれか
 
 


 
むごい現実 非力な言葉 それでも言葉を捜してる
 
 


 
「中身のない言葉が多すぎて……笑う気にもなれない泣くこともできない」
 
空疎なことばをもてあそぶ 贋物だって言ったじゃないか おれは……
 
 


 
やわらかな春の雨音に
握ったペンをとめる
疲れた目をつむる
優しい雨にうるおう花が
まなうらに映じる
優しい雨に散る花も
ある
 
 


 
笑う 泣く 苦虫を噛みつぶす……顔の筋肉を動かすのは気持ちいい
 
 


 
滅形――かたち無く
 
 


 
寂しいな
叫ぼうか
だめだよ
叫んだら
端迷惑だ
 
 


 
かなしみの青
かがやきの碧
さまざまに咲く
いとしい命の花
 
 


 
乾いた目に沁みる
輝き
潤い
短い命を咲ききる花が
いたずらに生き永らえるおれを
震わす
 
 


 
満月の夜に
もう血が騒ぐこともない
野性を失った目に
月の光が突き刺さる
 
 


 
小雨の日曜
寒さにふるえ
目を閉じている
わずかに開いた心に
ラジオの音だけが忍び込む
ロック 地震のニュース ブルース……
 
 


 
人 来たり
人 去る
ひとりきりだった
もとの静けさに
帰るだけの話さ
 
 


 
風はためいき
かぼそいつぶやき
孤独を深めるとき
 
 

† ことば遊び
 
さよなら三角 またきて四角
さよなら三月 しずかに四月
 
 


 
群れて美しいのは花。
 
 


 
打つ雨に桜りりしく桜ちりしく
 
 


 
孤独だけど自由
静かに深く息を継ぐ
新鮮な寂しさで肺を満たす
 
 

† 舘ヶ崎
 
しがみつき
へばりつき
一本の樹木よ
断崖のてっぺんに
おまえはひとり立っている
吹きすさぶ海風に堪え
わずかな土をつかみ
硬い岩肌をうがち
懲りもせず
恨みもせず
自分の命を生きている
しがみつき
へばりつき
一本の樹木よ
おまえは天に愛されている
 
 

† 浄土ヶ浜
 
海にそびえる岩山よ
大きく どっしり
風雨にも寒暑にも怒濤にも揺るがず
おまえは生きている
在るものは みな生きている
石ころだって屍だって
みんな生きている
岩山よ
おまえに対していると
そんな気がしてくるんだ
 
 

† 菜の花
 
一面の菜の花
一本の菜の花
野に咲く花の
美しさ逞しさ
黄色い菜の花
青空に菜の花
 
 

† 踏切
 
なぜ踏切と言うんだろう
なにを踏み切ると言うのだろう
ふだんは思いもしない
そんなこと
ふと思う
夜の踏切
 
 


 
光が変わった
冷たく澄んだ大気に
鮮烈が走る
樹木が裸の枝を緩める
光をつかもうと
本能の手を蒼穹に伸ばす
ぎこちなく
赤ん坊のように
 
 

† 道端
 
名も知らない花
行きずりの女
記憶だけを残して
おまえは遠ざかる
 
 


 
野っ原に咲く花が好きだ
路肩に咲く花が好きだ
コンクリートの割れ目
吹き寄せられたわずかな土
そんなところに咲く小さな花に
思わず顔を寄せてしまう
名前も知らない
小さな花が好きだ
 
 


 
一日が過ぎる
不安を残して
見えない明日に
焦慮が打ち寄せる
今にしがみついて
やりすごせるのか
波にさらわれるか
 
 


 
岬の孤独
 
 

† ささ
 
ささのは さざめき
ざわざわ ざわめき
さわさわ ささめき
さやさや ささやき
ささはら さざなみ
さえざえ さやかに
さわさわ ざわざわ
さわさわ さやさや
 
 


 
破れた初恋だけが美しい。
 
 


 
あらゆる夢に破れつづけて力尽きる
寂しい寂しいと呟きながら独り死ぬ
それも人生かもしれないな
 
 


 
ひろいところへ
もっとひろいところへ
はてしない大地の上
かぎりない空の深み
こりかたまった五感が
とけて
拡散し
ただよいだしたひとつぶひとつぶが
自然にほほえんでいる
そんな場所へ……
 
 

† 塵
 
無限大の宇宙
さまよう塵ひとつ
絶対零度の真空
こごえる塵の愚鈍
暗黒に夢見るは
純金の欲望
ダイヤモンドの硬質

燃焼
あるいは全き滅亡
 
 


 
風邪ひいたら ひたすら寝る
それがいちばんいい だけど
寝てばかりもいられない
近所へ物資を調達にゆく
ふわふわふわふわ歩いてく
この感じ……
薬のせいか熱のせいか
三半規管が呆けてるか
ふわふわただよう
世界がただよう
目の底からただよう
この感じ……
好きだな ふわふわ
 
 

† いもむし
 
みしみしみしみし冷えるよぉ
しんしんしんしん寒いなぁ
ごろごろごろごろいもむしだ
ずっぷり寝ぶくろにくるまって
手も足も出ないんだ
いもむしになってみるとおかしいよ
この歳でなにしてるんだ俺はって
ふつふつふつふつおかしいよ
いいんだいいんだいいんだよ
いもむしになったおかしさなんて
この歳でなければわからんのさ
 
 

† 無為
 
――ことば 止まってるよ
 
ん?
おれはいま忙しいんだ
なんせ無為を相手にしてるんだから
無為というやつべらぼうで
一筋縄じゃいかないんだ
乱麻なんだ乱魔なんだ悪戦苦闘なんだ
ときほぐせなくって疲れちゃって
ことばなんか書きつける気になりゃあしない
ほら 無為のやつ ぐちゃぐちゃ笑ってるだろ
おいでおいでして笑ってるだろ
 
 


 
視界が乱れる体がまわる
這いまわる地べたに唾が垂れる
復讐なんだこれは自分への
反逆なんだこれは理智への
甘い痺れの群れが絡む体じゅう
おれは近づいてゆく死へ
生きていることの証だ
近づいてくる死が
ざわざわざわざわ
ざわざわざわざわ
 
 

† 回文
 
私 タワシ 渡したわ  (わたしたわしわたしたわ)
 
 


 
冬の陽のこりかたまった氷柱かな
 
 


 
いくつもの恋いくつものつららかな
 
 


 
風花や一瞬まつげに咲いた花
 
 


 
稲妻になって翔けたい冬の夜
 
 


 
新しいことはなにもない
すべてはみんな言い古された
オーソドクスじゃ先がない
それでもおれは夢をみる
オーソドクスな夢をみる
オーソドクスで大それた
あまい夢とたわむれる
 
 

† 聖夜
 
聖しこの夜      ひもじい子なんか ひとりもいない
星は光り       おびえて泣く子は ひとりもいない
救いの御子は     おだやかな夜よ 夢にみちた聖夜よ
御母の胸に      愛に飢えて眠れない子なんか
眠りたもう      ひとりもいない ひとりもいない
いと安く       メリー クリスマス
 
 

† えんとつ
 
サンタクロースは はいれない
えんとつ なくて はいれない
それでも あさには まくらもと
プレゼントが おいてある
うれしいな うれしいな
 
えんとつ つんで くるのかな
そりに のっけて くるのかな
やねに ぱぱっと とりつけて
すぽっと はいって くるのかな
うれしいな うれしいな
 
 


 
おひさまさんさんわらってる
おふとんふかふかわらってる
ものほしだいはほっかほか
つめたいかぜさんおやすみだ
 
よるはおひさまおやすみだ
つめたいかぜさんふくだろう
ふくふくわらったおふとんに
にこにこわらってもぐっちゃお
 
 


 
おれはときどき逢いにゆく
小さな小さなことばたち
こぼれおちたつぶやきや
吐息みたいなひとりごと
まるで宝石箱をあけるよう
そっとのぞくと銀や茜やトパーズや
ブルーにそまった心のかけら
星の光にきらめいて
静かにひそかに息をして
すさんだ気持ちをつつんでくれる
やさしく
ふんわり
いつだって
 
 

† 八幡河原
 
雲雀よ 雲雀 おまえは雲雀
かがやく青の高みへと
翔けのぼったまま帰ってこない
日輪にとじこめられ
啼き声のみが
果てなく響く
 
雲雀よ 雲雀 おまえは雲雀
天からすっと舞いおりて
草の海に身をくらました
探しても探しても
おれはおまえを
見失ったままだ
 
 


 
ねぶくろでのたうっている おれはいもむし
 
 


 
じょろじょろとおしっこのおと十二月きょうもひとりの夜を寂しむ
 
 


 
永い夜
深い夜を堕ちてゆく
果てもなく
 
だれにも聴こえない叫び
おれの耳だけにこだまし
しじまを裂く
おれの叫び
 
 


 
毎日なんにん死ぬのだろう
いくつの墓が建つのだろう
しあわせな死は
いくつあるだろう
 
 


 
エイヤッ!と起き上がるまでの寒さかな
 
 

† 青空
 
いったいなんなんだ
絶望の底から見上げる
冬空の澄みきったこの青さは!
見上げ 焦がれて
空に吸われたいと願ってみても
おれは身動きのとれない
一個の石でしかなかった
 
 

† 空
 
智恵子は東京に空が無いといふ,ほんとの空が見たいといふ。 ――高村光太郎

空有ります ――青空駐車場

空見た子とか ――野田秀樹
 
 

† 空白
 
空白の うちにからだは老いてゆく
空白の こころはいつかくずおれる
空白の ときはながれてきえはてる
 
 

† あこがれ
 
はるか夜空に星がまたたき
はるかなくににきみは住む
はるかに星を見上げては
はるかきみへのあこがれの
とどかない手をさしのべてみる
 
 

† もぐら
 
もぐら もぐもぐ あなほって
もぐら もぐって つちのなか
もぐら ぐらぐら じしんがきたら
もぐらもぐらっと ゆれるだろ
 
 

† とんととん
 
とんととん
ととんととんと おかあさん
まないたで にんじん きっている
ほうちょうで にんじん きっている
あれれ?
どっちかな
おとがなるのは
どっちかな
まないた?
ほうちょう?
どっちかな
 
 


 
いち にっ さん よん
ご ごっ ごぉー!
いちりんしゃに
にりんしゃさ
さんりんしゃよ
よんりんしゃ
ごむの くるまが まわります
くるくるくるりん まわります
 
 

† くるま
 
いちりんしゃは いちりんしゃ
にりんしゃは じてんしゃで
さんりんしゃは さんりんしゃ
よんりんしゃは じどうしゃだ
そうそう
うばぐるまも よんりんしゃ
みんな くるまが ついている
でもでも
くるまとよぶのは じどうしゃだけ?
ふしぎだな
 
 


 
夕陽に向かって歩いたら
強い光に負けてしまった
茶色いサングラスをしていたが
目は太陽にやられてしまった
小川の土手を歩いたんだ
北風ふきつけ寒かったけど
空はまっさお
日陰もなかった
道は南から西へ延びていた
太陽はいつも前にあったんだ
なるべく顔をそむけはしたが
目をつぶっては歩けやしない
どうして向きを変えなかったかって?
日の沈むほうに
おれのねぐらがあったからさ
 
 


 
気分転換 カンカン娘
自動変換 五時を誤字
塵紙交換 騒音マイク
新聞朝刊 有閑マダム
親父侃々 酒はぬる燗
 
 


 
めまいして蒼穹に白く冬の月
 
 

†  回文
 
鳴かぬかな カナカナなかなか 啼かぬかな
 
 


 
ひとふでに「ゐ」とまいとんだ落ち葉かな
 
 


 
「あ」とあれば「い」とつづけたい夜寒かな
 
 


 
冬の空 百億の星いれてあり
 
 

† 柿
 
柿の実ひとつ 枝にのこった
留守番柿さん さみしくないか
 
柿の実ひとつ 鳥がついばみ
こがらしの空 半月できた
 
柿の実ひとつ ぽたりと落ちた
落ち葉がぽっと 赤くそまった
 
柿の実ひとつ 土にかえった
芽をだす春が 待ち遠しいな
 
 


 
火葬場のみち渋滞す人の秋
 
 


 
柿の実のたわわに熟す墓の上
 
 


 
目覚めれば おれは小さな石ころでしかなかった
 
 


 
じりじりと焦がされてゆく身せつなく 鯛焼きの歌などふと思い出してみる
 
 

† 籠の鳥
 
鳥よ おまえは籠のなか
彼方をみつめ鳴いてはみても
空に吸われる声ばかり
なんのために羽根はある
檻にぶつけて傷つけるしか
役にたたないその羽根は
 
 

† おれ
 
すりきれた おれを
もてあましてるのは このおれだ
不感症のおれと
おさらばしたいのは このおれだ
でも逃げられないよな
おれからだけは
 
 


 
届かない手
届かない声
遠いひとよ
傷ついた心で
どこをさまよう
 
 

† 音信
 
北国に灰かぐらの雪舞うという音信ひとつに胸をおどらす
 
 


 
虫食いの日記よ言葉たち どこ行った?
 
 


 
かなしいときはあたためる こわばったからだ ゆっくりとさすってやる
 
 


 
エナジーなきエロ爺のエレジー
 
 


 
哀しみは――絶望の淵から見上げた十二月の青空
 
 


 
行きなずみ生きなずみつつ年の暮
 
 


 
ひたひたとせまりくるもの十二月
 
 


 
柿おちて 行き暮れている光かな
 
 


 
自虐して冬の陽いまだ昇りきらず
 
 


 
雨に穿たれ
陽に焼かれ
風の流れに朽ちてゆく
おれは腐った石ころだ
果たせない夢
満たせない愛
動かない体を持て余す
おれは腐った石ころだ
 
 

† なみだ
 
涙 涙 かなしい涙
波だ 波だ せつない波だ
体ゆさぶる おおきい波だ
 
 


 
冬の日のプロローグ
寝袋にくるんだ半身
すぐ冷めるコーヒー
かん高く鳴くカケス
閉じた空白の聖域
 
 


 
真夜中に天使と悪魔がやってきた
喧嘩ばかりしているので
黙らせようと抱きしめたら
ふたりともうれしそうに笑った
なんだ……寂しかったのか
 
 


 
真夜中に天使がやってきた
眠れないので相手をしたら
「地獄ってこの世のことだよ」
と教えてくれた
やっぱりそうか……
安心して眠りについた
 
 


 
真夜中に悪魔が一匹やってきた
「なぜおれのところに来たんだ?」
そう聞いたら笑いながら言った
「おれはおまえだよ」
 
 


 
「寒いな」と つぶやけば強いこがらし
 
 


 
あまがえる 雨のあぜみち尼帰る
 
 


 
みずすまし この世の憂さは見ず済まし
 
 

† カナカナ
 
カナカナカナカナシーツクツクツク
カナカナカナカナシイセミノイノチ
カナカナカナカナシーツクツクツク
カナカナカナカナシイヒトノイノチ
 
 


 
えっとね――
あのね――
こころをゆらす ちいさなことば
しずかにみちる ちいさなこだま
おまえという
ふしぎな存在
 
 


 
しろいほっぺに きんのうぶげ
くろいひとみを あふれたなみだ
いえいえそれは とけたあわゆき
 
 


 
かん高く鳥鳴きさって柿の朝
 
 


 
胸にしみいる夕日に水をかけた ジュッとしぼんで山の端に落ちた
 
 

† 日記
 
書くことがなければ書かないと日記に一行書いておく
 
 


 
「おれはなにをやってるんだろう」と思わない日はない今日もまた
 
 


 
涙は涸れたんだ
二十年泣いてない
こんど泣くのは
いつだろう
いや
泣くなんてこと
もうないだろう
涙は涸れたんだ
 
 


 
ぷるぷると体の芯が震えてる 切なさに悶えてる……トイレに行ってこよう
 
 


 
一秒また一秒 時はたそがれ なすところなく見送る落日
 
 


 
舌なめずりで嗤ってる
胸のすみで窺っている
飼い馴らしたはずの虚無――
出ておいで
また赤い舌を吸ってやるから
 
 


 
墓碑銘?
冗談じゃない
死んでまで言葉につきまとわれてたまるものか
 
 


 
鏡のなかで着々と老けてゆく男 けさも目が合う
   ん? 似たような歌があったような…… 啄木だったかな?
 
 


 
しんしん しんしん 凍る夜 感覚の失せた足を抱えて独り何を叫ぼう
 
 


 
闇に消える野良犬――おまえも夢見るか彷徨の果てに安息の死を
 
 


 
言葉なくうなだれた朝にさえずる鳥たちよ     静かにしてくれ
 
 


 
逃げて走って振りかえり
遠くからあかんべぇをしてみる
その心の弱さ
 
 


 
流れるんじゃない
消えるんだ
時は
つぎからつぎに
消えるんだ
一瞬が
 
 


 
あわゆき こゆき
てのひらにうけた
あわゆき こゆき
ほっぺで とけた
 
 


 
切なくて切なくて ただ切なくて切なくて ぽりぽり腕を掻いている
 
 


 
言葉なく
時が逝く
落胆
焦慮
見捨てられたナイフ
しのびよる錆
 
 


 
なぜふたたび飛ぼうとする? 失墜の痛みを知りながら
 
 


 
あめ ゆき あられ みぞれ なみだ
あめ ゆき あられ みぞれ なみだ
かたちをかえてしみいるおまえ
こころのおくにしみいるおまえ
 
 


 
空にとけゆく雪がある
海にきえいる雪がある
町にふりつむ雪がある
しんしんと
おれの心に
ふりつもれ雪
 
 


 
雪が空から落ちてくる
闇の奥から下りてくる
ただ限りなく湧いてくる
限りないはずはないのだが
雪は限りなく降ってくる
夜が白く 深くなる
 
 


 
追憶の青い雪が降る 悔恨の赤い雪が舞う
 
 


 
澄みわたった
さびしみの底にいて
ほほえむひとよ
ときに風は波紋を広げるけれど
さざなみがおまえに届くことはない
さびしみの底ふかく
ほほえむひとよ
 
 


 
たれながしたことばたちの墓碑銘に悔恨ときざんであゆみさる
 
 


 
果てなさに倦む欲望を ガラスのように砕いてみる
 
 


 
一瞬の快楽で幻想の幸福を突き崩す
 
 


 
叫ぼうとしたら……口がなかった
 
 


 
びゅうびゅう北風ふく夜に
びゅるびゅる電線ふるえてる
電線おまえも寒いだろ
だけどあっためてあげられない
びゅうびゅう北風ふく夜に
びゅるびゅるみんなふるえてる
びゅるびゅる孤独にふるえてる
 
 

† 仙人
 
黄葉に埋まった山奥に
仙人は独り住んでいる
妻もない子供もないが
犬一匹に猫二匹
電気も電話もないけれど
小さなトラックを持っている
カスミを食っては生きられないので
畑を耕し木の実を食らう
月に四、五日 町へ出る
金食い虫のトラックで
古い家を壊しにゆく
山のようなごみから
目ぼしいものを持ち帰る
ごみは息を吹き返し
仙人の家となり家具になる
満天に星がまたたく夜
仙人は宇宙と交信する
 
 


 
疲労 疲労
つかれが みんな だめにする
寝よう 寝よう
寝あきて むっくり おきるまで
 
 


 
もう失うものはない……と思っていたら昨夜ぼくのもとから言葉が逃げていった
 
 


 
もうすぐ五十
書かない詩人
煮ても焼いても
食えない痴人
もうすぐ死人に
なるのだろう
 
 


 
言葉が揺れる
想いが彷徨う
振幅の大きさにたえられるだろうか
芯は一点にとどまっているだろうか
定めなき表象
砕けゆく時間
眩暈の感覚に瞼を閉じ
回転の速度に怯える夜
 
 


 
かぎりない変奏をくりかえし どんな高みをめざすというのか欲望は
 
 

† たそがれ
 
もういいかい
まあだだよ
待ってるうちに陽が落ちた
がらんどうの空地 しのびよる闇
もういいよ……と
だれかが声をあげたなら
笑ってぱっとかけだそう
それまでは涙を
てのひらに隠していよう
 
 


 
死について(死ぬことをではなく)――
人とのつながりについて――
ぼんやり考えている
考えてもわからないことだから
考えている
 
 


 
すり鉢の底で
おれは孤独を餌に生きてきた
消化しつくしても孤独は孤独のままだった
身にゆきわたった孤独はおれそのものになり
やがて変態をうながした
羽根が生え
孤独が飛びたつ
みずからを焼きつくす業火を探して……
孤独は自分をもてあますしかない
みずから滅亡を求めるしか
すべを知らない
 
 


 
微熱を帯びて闇に浮く
いだいた虚無の重さにおののきながら
どこへ?
どこへも
 
 


 
反撥して急速に遠ざかる求めあう力の強すぎるふたつの物体
 
 


 
じたばたが似合う男が苦笑する
 
 


 
おまえなんかきらいだ……と秋の風が吹く
 
 


 
生きながら無に還る? 格好つけずに醜態をさらすことこそ
 
 


 
とりのこされたものは古びてゆく
年輪のよろいをかさねながら
みずからの重さに
絞め殺されるまで
 
 


 
無に還れば この影もまた消えてゆく
 
 


 
なにげない言葉にひそむ壁に立ち竦んだ
ナイフを何度も刺しこんでは殺戮した
脆弱な
この心臓に
 
 


 
モットモット オレハ厭ラシクナラネバイケヌ
 
 


 
おやすみという言葉の凡庸さに驚かず眠る
 
 


 
カーブの先に広がるはずの光景に裏切られて何度もたたずんだ
重い体をひきずって光景をおいこしながら違う違うとつぶやいた
いまも……
 
 


 
この角をまがったら
ベンチがひとつ
あるかもしれない
小さな陽だまりに
落ち葉が散り敷き
ちょこんとおまえが座ってる
そんなベンチが
あるかもしれない
 
この角をまがったら……
 
 


 
鮎一閃 苔すみわたる流れかな
 
 


 
かわせみや影をのこして飛び立ちぬ
 
 


 
すりきれた頭が言葉を捜してる
うなだれた首で気持ちを支えてる
薄汚れた野良犬――だれか! おれを叩きだせ!
 
 


 
まぶたに力をこめ 目玉をぐりぐりさせてみる
 
 


 
ちょっと生活してくるよ
 
 


 
おまえの瞳に咲いた露草
秋の陽ひかるひとしずく
くちびるでそっと吸ったなら
透明な青に染まるだろう
 
 

† 青に還る
 
死んだら青い空になる
死んだら青い海になる
燃え殻は海に捨ててくれ
死んだら空の青に還る
死んだら海の青に還る
 
 

† 過呼吸症候群
 
安直な酸素の海に酩酊する
 
 

† 流体
 
こころが水にとけだして
からだがからっぽになる
おしつぶされるからだに
ゆっくり力がみちわたり
もとのかたちをとりもどす
ただただ水を掻いている
もくもく水を蹴っている
ヒトのかたちをした流体になる
 
 


 
たまった涙を流す
あふれた言葉を紡ぐ
涙も言葉も
こころの浄化装置かな
 
 

† 奥歯
 
待つ寂しさを 奥歯の底で 噛み締める
 
 


 
愛する前に寂寥に堪えるすべを学べ
 
 


 
襲いくる寂しさを突き固め
硬い硬いブロックをつくる
積んで重ねて壁をめぐらす
幾重にも幾重にも高く高く
さあこれでだいじょうぶ……
 
 


 
ひざっこぞうをかかえてみた
くちびるをつけてみた
かすかにしょっぱい
さみしさって
しょっぱいのか
 
 


 
飛びたつ鳥の
野性の緊張
自由の飛翔
捕まえると死ぬ
籠のなかで
おれが死んでいる
 
 


 
サド?  さぁ どうかな
マゾ?  ま ぞっとするね
 
 


 
蒼い夜
琥珀色の夢
漂う言葉
探しものは
ありましたか?
 
 


 
試行錯誤
思考錯誤
 
lost world
lost words
 
遮断
shut down
愚考停止
 
 


 
毒吐く独白
蝕む虫食む
 
 

† 回文
 
かるいるすするいるか
 
 

† 回文
 
かるいいるか
いるかいるか
いないいるか
いないいない
 
いないいない
かるいいない
かるいかるい
かるいいるか
 
 
                 いるか       谷川俊太郎
 
                いるかいるか
                いないかいるか
                いないいないいるか
                いつならいるか
                よるならいるか
                またきてみるか
 
                いるかいないか
                いないかいるか
                いるいるいるか
                いっぱいいるか
                ねているいるか
                ゆめみているか
 
                 「谷川俊太郎詩集」より
 
 


 
烈しい雷雨が
秋を運んだ
終わりを告げる
裸ん坊の季節
 
 


 
夏の終わりに
最初の秋風が
裸の胸を撫で
せつなさに
からだ震えた
遥かな日の海辺
 
 


 
道ならぬ
道は遥かに
遠くして
夜の静寂(しじま)に
星を見ている
 
 


 
百億の
星ふる丘に
ひとり立ち
永遠(とわ)の沈黙(しじま)に
心をさらす
 
 


 
思うんだけど
想像力って
自分そのものじゃないだろうか
想像のつばさを失くしたら
自分じゃなくなってしまう
 
 


      
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