四角い視覚

Jin

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  小さな舟に身をゆだねる
  重心が定まる
  不安定が自由に変わる
  見上げる空の青
  見据える水面の輝き
  風が頬を打つ
  飛沫がかかる
  無心に漕ぐ
  ひたすら無心に

  ―― kayak 5.30











  夕陽を追いかけて歩いた
  足をとめてカメラを構えた
  ファインダーに映っているのは
  風と光と
  時の移ろいだった

  ―― 飛行機雲 5.1











  柿の花咲いた
  ひとつふたつ
  ひそかに咲いた
  葉っぱのかげに
  あわいあわい
  柿の花咲いた

  ―― 4.29











  泣く
  笑う
  苦虫を噛みつぶす
  ・・・
  顔の筋肉を動かすのは
  気持ちいい

  ―― totempole











  乾いた目に沁みる
  輝き
  潤い
  短い命を咲ききる姿は
  いたずらに生き永らえる心を
  震わす

  ―― Iris 4.7











  行きずりの女
  記憶だけを残して
  おまえは遠ざかる

  ―― 鈴蘭水仙











  一面の菜の花
  一本の菜の花
  黄色い菜の花
  青空に菜の花

  ―― 3.21











  人影がないのを見澄まし
  1枚だけパチリ・・・
  ちょっとドキドキしたのは
  なぜだろう

  ―― 豊四季 3.13











  なぜ踏切と言うのだろう
  なにを踏み切ると言うのだろう
  ふだんは思いもしない
  そんなこと
  ふと思う
  夜の踏切
  
  ―― 東武野田線 3.13











  野っぱらに咲く花
  舗装の片隅に咲く花
  思わず顔を寄せる
  知ってる花
  知らない花
  けなげな花
  小さな花

  ―― 手賀沼 3.14











  群れて美しいのは花

  ―― 花韮 3.16











  言葉なく
  見蕩れた
  慌てて
  撮った
  外部メモリは
  記憶より鮮明か

  ―― 残照 2.12











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光   真冬の中天に陽はひっかかり
  やわらかに寂しい光を投げかける
  舞いしきるイチョウの葉
  凶まがと行きかうクルマに
  人間なんか乗っちゃいない
  舗道にも人影はない

  真冬の寂しい光よ
  おまえだけだ
  歩くおれに温かなのは

  ――ニコライ堂 東京・駿河台











隧道   海岸へ抜けるトンネルは
  遠い記憶のかなたに
  ひっそり延びていた
  潮騒
  歓声
  はるか夏の日の輝き
  置き忘れてきた
  せつないときめき

  脈打つ鼓動は告げた
  このトンネルを抜ければ
  あの遠い光を浴びれば
  時を超えられるはずだと

  ―― 記憶の光 浄土ヶ浜











  しがみつき
  へばりつき
  一本の樹木よ
  断崖のてっぺんに
  おまえはひとり立っている
  吹きすさぶ海風に堪え
  わずかな土をつかみ
  硬い岩肌を割り
  懲りもせず
  恨みもせず
  自分の命を生きている
  しがみつき
  へばりつき
  一本の樹木よ
  おまえは天に枝葉を伸ばしている

  ―― 舘ヶ崎











  黒雲の果てに
  白光がある
  光を浴びた雲は
  白く白く逆巻いている
  密雲の裂け目から
  灼熱した光が射している・・・
  いや そうじゃない
  光が 熱が 雲を生んでいる
  遠い遠い空の深みで
  もくもく 黙々
  光が雲を生んでいるんだ

  ―― 不来方の空 盛岡











  深い林を歩いている
  真冬の弱い陽光が
  ときおり目を射る
  弱いといっても
  それは比喩で
  木々のあいだ
  はるか宇宙を翔けてきた光は
  強く まばゆく
  見上げるおれの眼を
  幻惑する

  ―― 雑木林 千葉県流山











  東京都北区堀船の冬の空
  すてきな雲が浮かんでた
  高速道路が頭上をふさぎ
  造幣局があるかたわらに
  ぽっかりひらいた空があり
  ほんのりそまった雲があり
  あんぐり見上げるおれがおり・・・

  カメラカメラ!
  古びたリュックからとりだすと
  慌てて何度かシャッターをきる
  すてきな雲はどんどん色褪せ
  しぼんでいった
  でも東京都北区堀船の冬の空
  おまえ なかなかやるじゃないか











  老いた冬の光が闇を得て
  光景が緊張する
  その一瞬に魅せられ
  自分の網膜に焼きつける
  ゆっくりカメラを構え
  ファインダー越しに知る
  最高の瞬間は去ったと・・・
  それでいい
  それでいいんだ

  ―― 飛鳥山 東京・北区











  異様な空気の変化に
  おれは外へ飛び出した
  世界が橙色に染まっている
  その上を黒雲が限っている
  醜い電線の蜘蛛の巣を
  やがて夕陽は滑り落ち
  闇の汐がひっそり満ちてゆく
  人間のいとなみを呑みこんで
  自然は静かだ劇的だ

  ―― 家の外











  徹頭徹尾鉄塔だ
  無愛想な鉄塔だ
  遠くから眺めていた
  おもしろ味がない
  脚もとへ寄った
  ふりあおいで 見た
  ぐるり回って 見た
  けっこう表情がある
  おれにうまく撮れるかな・・・
  とにかくシャッターを切る
  お近づきの挨拶だ

  ―― 2.22











  田舎道に
  ぽつり
  たたずむ光
  夕闇が押し寄せ
  群らだつ雲
  呑み込まれそうな
  小さなともしびが
  見上げた眼に
  沁み透る

  ―― 孤影 2.22











  森が犯される
  測量され
  伐り倒され
  道がつけられ
  風通しがよくなり
  ゴミが捨てられ
  隼が姿を消した――

  ここは隼の森
  残された欅の大木の
  その遠い向こうに
  前には隠れていた空が
  鈍くたそがれる

  ―― 隼の森 2.22











  遠い空
  衰えた太陽
  冷たい大気の海で
  おれは孤独であり
  自由だった

  ―― 1.12











  羽根をやすめるか
  獲物をうかがうか
  灰白色の
  冷たい大気を切って
  飛んできた鳥が
  枯枝で遠くをみつめる
  あっというまに飛び立つだろう
  その小さな存在が
  空間に焦点を生み
  死んだ光景を動かす
  おれの胸が鼓動を拍つ

  ―― 1.12











  光が変わった
  三月の正午
  冷たく澄んだ大気に
  鮮烈が走る
  樹木が裸の枝を緩める
  光をつかもうと
  本能の手を蒼穹に伸ばす
  ぎこちなく
  赤ん坊のように

  ―― 3.4











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